「褒めて育てる」という、一見人道的で理想的なアプローチが、実は子どもの内発的な善意をすり減らし、逆にモラルの低下を引き起こすという実例は、心理学の実験や教育現場で数多く報告されています。
その根底にあるのが「アンダーマイニング効果(過正当化効果)」です。人間が「内面からやりたい(内発的動機)」と思って行っていた善行に対して、外から「褒め言葉やご褒美(外発的動機)」という余計な報酬を与えてしまうことで、元の純粋な動機が消滅してしまう現象を指します。
具体的にどのようなモラル低下が起きるのか、3つの実例とメカニズムを解説します。
実例1:幼児の「親切心」がご褒美で消える(ウォーネケンらの実験)
心理学者フェリックス・ウォーネケン(Felix Warneken)らの有名な実験です。
内容: 1歳半の子どもたちの前で、大人がわざと物を落とし、困った様子を見せます。子どもたちは、最初は誰に頼まれなくても、純粋な親切心から自発的に物を拾って助けました。
実験の操作: 子どもたちを3つのグループに分けました。
助けたら「おもちゃ(ご褒美)」をあげる
助けたら「よくできたね!(褒め言葉)」をかける
助けても何も与えず、ただ受け取る
結果(モラルの低下): その後、ご褒美や褒め言葉を一切やめた状態で、再び大人が困る姿を見せました。すると、「最初におもちゃ(ご褒美)をもらっていた子どもたち」は、大人が困っていてもほとんど助けなくなってしまったのです。一方、何ももらわなかった子どもたちは、その後も親切に助け続けました。
モラル低下の理由: 子どもの中で「困っている人を助ける」という純粋な道徳(モラル)が、「おもちゃを手に入れるためのビジネス(取引)」にすり替わってしまったため、報酬がなくなった途端に親切にする理由を失ったのです。
実例2:「ポイ捨て」を拾う子どもが、監視の目で豹変する(現場の例)
ある小学校で、「校庭のゴミを拾ったら、先生がみんなの前で大いに褒める」という取り組みを始めました。一見、素晴らしい行動主義(ABA)的なアプローチです。
現象: 子どもたちは競ってゴミを拾うようになり、校庭は見違えるほど綺麗になりました。
モラルの低下: しかし、しばらくすると以下のような現象が起き始めました。
先生が校庭を見ていない(監視がない)ときは、目の前にゴミが落ちていても完全に無視する。
「先生、◯◯くんがゴミをポイ捨てしました!」というチクリ(他者への攻撃)が増える。
早く褒められたいために、自分でわざと紙くずを小さくちぎって散らし、それを拾ってアピールする。
モラル低下の理由: 「環境を綺麗に保とう」という公共心(モラル)ではなく、「先生に褒められたい」という利己的な欲求(外発的動機)が肥大化した結果、大人の目がない場所ではモラルが崩壊し、さらには「評価のルールをハックする(ズルをする)」というモラルハザードが起きた実例です。
実例3:「条件付きの承認」が育てる、嘘とカンニング(心理的リスク)
心理学者キャロル・ドゥエック(Carol Dweck)らの研究では、子どもの行動や結果(「100点取って偉いね」「お利口にできて凄いね」)ばかりを褒め続けると、子どものモラルが歪むことが証明されています。
現象: 「良い行動をする自分だけが価値がある」と思い込んだ子どもは、常に周囲からの「褒め言葉(評価)」を失う恐怖と戦うことになります。
モラルの低下: 自分の能力を超える課題や、お利口に振る舞えない状況に直面したとき、評価を維持するために「嘘をつく」「テストでカンニングをする」「失敗を友達のせいにする」といった不正行為に走りやすくなります。
モラル低下の理由: 褒められ続けることで、自尊心が「他人の評価」に依存してしまいます。その結果、「自分が正しい人間であるか(モラル)」よりも、「他人にどう見られているか(見かけの評価)」が最優先になり、内面のブレーキ(良心)が効かなくなってしまうのです。
まとめ:「褒めて育てる」がモラルを壊す本質
行動主義(ABA)的に「褒める」という報酬を乱発することは、子どもから「誰も見ていなくても、自分の良心に従って正しいことをする」という、徳育の核を奪う行為になり得ます。
子どもは「褒められるために善行を行う」という損得勘定を学習し、最終的には「報酬が出ないならやらない」「見ていないならルールを破る」という、極めてモラルの低い人間を(大人の優しい笑顔の裏で)育ててしまうことになります。これが「きれいごと教育」の最大の罠です。
「アンダーマイニング効果」への反論と対策
1. 専門家からの「反論」:データと現実の誤解
① 「アンダーマイニング効果は限定的である」という反論
ABAの立場から行われたメタ分析(過去の大量の実験データをまとめた研究)では、「正当な成果に対して与えられる褒め言葉や報酬は、内発的動機づけを低下させない」という結果が示されています。
批判派が指摘する「やる気の低下」が起きるのは、「元々本人が楽しんでやっていたことに、わざわざ不自然なご褒美を与えた場合」や「やり方に関わらず、ただ参加しただけでご褒美をあげた場合」など、報酬の与え方が下手なケースに限定されると反論します。
② 「最初のキッカケ」としての不可欠性
「誰も見ていなくても善行をする」のは理想ですが、スタートラインにすら立っていない子ども(例:勉強が嫌いすぎて教科書も開かない、他害行為が止まらない)に対して、内発的動機が湧くのをただ待つのは現実的ではありません。
専門家は、「最初は外発的な報酬(褒める・ご褒美)を使ってでも、行動のハードルを下げる必要がある。動かなければ、その行動の本当の楽しさ(内発的動機)に気づくチャンスすら訪れない」と主張します。
2. 弊害を防ぐための「プロの対策」
ABAのプロフェッショナルは、子どもが「褒め依存」や「損得勘定の塊」にならないよう、以下のような極めて緻密なコントロール(技術)を行っています。
① 人格ではなく「行動そのもの」を具体的に描写する
「偉いね」「お利口さんだね」という抽象的な褒め方は、子どもに「評価されている」というプレッシャー(条件付きの承認)を与えます。そのため、プロは「事実だけをそのまま描写する」工夫をします。
❌「お片付けできて偉いね!」
⭕️「ミニカーが全部箱に戻ったね。床が広くなったよ」
これにより、子どもは「大人の顔色」ではなく、「自分の行動によって環境がどう変わったか」に注目するようになり、内発的な達成感に繋がりやすくなります。
② 報酬を自然な結果(自然化された強化子)へ移行させる
最初は「おやつ」や「大げさな褒め言葉」を使って行動を引き出しますが、行動が定着してきたら、徐々にそれを「その行動がもたらす自然な喜び」へとすり替えていきます。
例(勉強): 「10分座れたらお菓子」からスタート ➡️ 次第にお菓子を減らし、「問題が解けてスッキリした」「新しい知識が分かって面白い」という勉強そのものの報酬に気づかせる。
プロは、この人工的な報酬を消していくプロセス(フェイディング)を最初から計画して実践しています。(成功率に難あり?)
③ 社会的報酬を強化子にする
「ゴミを拾ったらシール」ではなく、「ゴミを拾ったら、周りの人が歩きやすくなって喜んだ」という社会的・他者志向的な結果を認識させます。「あなたが片付けてくれたから、お母さん助かったよ」というフィードバックは、外発的な報酬でありながら、子どもの「関係性の欲求(他者貢献の喜び)」を満たし、結果的にモラルや徳育へと昇華されます。
まとめ
ABAの専門家から見れば、巷にあふれる「褒めて育てる」の失敗例は、「ABAの技術を表面だけ真似て、報酬の引き際や与え方を間違えた結果」ということになります。
プロが扱う本物のABAは、最終的に「大人からのご褒美(外発的動機)」を卒業させ、「自分自身の達成感や、他者への貢献感(内発的動機)」へとバトンタッチすることをゴールとして設計されています。
個人的な感想としては褒めると叱る両方ともデメリットがあって、うまく使えば有効である。デメリットがあるから使わないのは「善悪」を教えない事と同じ、不可能である。

